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東京地方裁判所 平成4年(ワ)9717号 判決

原告 ダイヤモンドリース株式会社

右代表者代表取締役 大澤宏

右訴訟代理人弁護士 吉原省三

小松勉

松本操

三輪拓也

被告 東京機械産業株式會社

右代表者取締役 北原俊彦

右訴訟代理人弁護士 伊藤平信

主文

一  被告は、原告に対し、金二一一一万四三五〇円及びこれに対する平成三年一〇月三一日から支払い済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

主文同旨

(予備的請求)

主文第一項の付帯請求の利率を年五パーセントとするほかは、主文と同旨。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、金融のためのリース及び割賦販売を業とする会社である。被告は、工作機械、機械工具の販売等を業とする会社である。

2  原告と被告は、平成三年九月二五日付で、別紙物件目録≪省略≫一ないし四記載の物件(以下「本件機械」という。)について、被告を売主、原告を買主とする売買契約(以下「本件売買」という。)を締結した。本件機械は、原告から有限会社雄高製作所にリースされることが予定されていた。右売買契約の内容は、次のとおりである。

代金合計  二二五六万二一五〇円(消費税を含む)

納入場所  雄高製作所工場

納入日   同年九月二五日

代金支払期 本件機械の検収完了証交付日の翌月末

3  雄高製作所は、同年九月二五日、原告に対し、本件機械の検収完了証を交付した。

4  原告は、同年一〇月三一日、被告に対し、本件売買代金二二五六万二一五〇円を支払った。

5  その後、被告が本件売買の目的物として納入したとされていた物件が、実は、同年九月二〇日に、雄高製作所が川口販売株式会社から割賦購入したもので、同社に所有権留保されていたことが判明した。

6  被告は、他人の所有に属する物を本件売買の目的としたが、その所有権を原告に移転させるのが事実上不能になっている。または、被告の原告に対する本件機械の引渡し債務が履行遅滞になっている。

そこで、原告は、平成四年二月一八日、被告に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

7  仮に本件契約の解除が認められないとしても、本件売買は、原告が、被告と雄高製作所に欺されて締結したものである。そこで、原告は、本件訴状により、本件売買契約を詐欺を理由に取り消す旨の意思表示をした。

よって、原告は、被告に対し、主位的に本件売買契約の解除による原状回復請求権に基づき、本件売買代金のうち金二一一一万四三五〇円及びこれに対する代金支払日である平成三年一〇月三一日から支払い済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を、予備的に本件売買契約の詐欺を理由とする取り消しによる不当利得返還請求権に基づき、本件売買代金のうち金二一一一万四三五〇円及びこれに対する代金支払日である平成三年一〇月三一日から支払い済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は、認める。

2  同3は、知らない。

3  同4は、認める。

4  同5は、知らない。

5  同6のうち、原告が平成四年二月一八日、被告に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

6  同7のうち、本件売買は、原告が、被告と雄高製作所に欺されて締結したものであるとの点は否認する。

三  抗弁

1  本件機械の引渡し

被告は、平成三年九月三〇日付で日星機電株式会社から本件機械の納品書を受領している。また、雄高製作所は、原告立会いのもとに本件機械の検収を行い、「契約に適合し、かつ瑕疵のないことを確認致しましたので、本日下記物件の引渡しを受け、検収を完了致しました。」との記載のある検収完了証を原告に交付し、原告は、同月二六日付の物品受領証に大宮支店長の押印をして被告に返送している。よって、本件機械の引渡しは完了している、または、原告は本件機械の未納を信義則上主張できない。

2  免責特約

仮に本件売買が他人物売買であったとしても、原告被告間には、被告が民法五六〇条の担保責任を負わない旨の特約があった。

3  権利濫用

本件の実態は、梅津浩一、日星機電及び雄高製作所による詐欺事件であり、被告にその責任を負わせようとする原告の本訴請求は、次の事情によって権利の濫用である。

(一) 被告は、梅津から原告と雄高製作所の間のリース契約に関与する話を持ちかけられた際、雄高製作所に信用が置けなかったのでその話に消極的であったが、原告の方は終始積極的であった。被告は、被告の依頼による雄高製作所に対する原告の信用調査の結果を信じたからこそ、本件に関与するようになったものである。

(二) 本件売買及び原告と雄高製作所のリース契約は、すべて原告の主導のもとに進められた。原告は、本件機械の検収完了証を受け取った際、被告にもメーカーにも原告が現場で見た機械が真実本件の目的物件であるかどうかの確認をせず、雄高製作所の説明のみを鵜呑みにしたのであり、本件詐欺被害の全責任は原告にある。

(三) 被告が、本件機械の納入を確認するため、原告に対し、平成三年九月二六日付の物品受領証を送付したところ、原告は、これに原告大宮支店長の印を押して返送してきたので、被告も本件機械の納入を確認し、日星機電に売買代金の支払をしたのである。

(四) 右のように、本件詐欺被害についての主要な責任は原告にあるので、本訴請求は、権利の濫用である。

4  なお、被告は、第四回口頭弁論期日において、予備的に、不法行為に基づく損害賠償請求権を自動債権とする相殺の主張をしているが、口頭弁論終結時までに原告による不法行為の内容及び損害額の特定をしていないので、本訴の抗弁とはしない趣旨であるとみなす。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告が、平成三年九月三〇日付で日星機電から本件機械の納品書を受領したことは知らない。雄高製作所が、被告主張の記載のある検収完了証を原告に交付したこと及び原告が平成三年九月二六日付の物品受領証に大宮支店長の押印をして被告に返送したことは認める。本件機械の検収が原告立会いのもとに行われたこと、本件機械の引渡しが完了していることは、否認する。

2  抗弁2は、否認する。

3  抗弁3の主張は、争う。(一)のうち、原告が被告から雄高製作所の信用調査を依頼されたことは否認し、その余は知らない。(二)は、否認する。(三)のうち、原告が平成三年九月二六日付の物品受領証に大宮支店長の押印をして被告に返送したことは認めるが、その余は知らない。(四)は、争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一請求原因について

一  請求原因1、2、4及び6のうち、原告が平成四年二月一八日、被告に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二  請求原因3は、証人鈴木幸一の証言により真正に成立したことが認められる≪証拠省略≫により認めることができる。

三  請求原因5は、証人鈴木の証言及び同証言により真正に成立したことが認められる≪証拠省略≫により認めることができる。

四  以上の事実を前提に、本件売買が他人物売買で履行不能の状態にあるのか、それとも債務不履行で履行遅滞の状態にあるのかを検討する。

本件売買の目的物となった本件機械は、原告と被告との間においては、型式番号では特定されているものの、製造番号では特定されていないことが認められる(成立に争いのない≪証拠省略≫)。また≪証拠省略≫によれば、川口販売が雄高製作所に割賦販売した機械には、型式番号とは別に機械番号が付けられており、型式番号は単に機械の種類を示す記号であることが認められる。そうすると、本件売買契約は、型式番号で特定された種類の機械を目的物とするものであると認められるのが相当であり、平成三年九月二五日に雄高製作所の工場に置かれていた川口販売所有の機械を目的物としたものではないと言うべきである。

したがって、本件売買は、他人物売買で履行不能の状態にあるわけではないが、被告が型式番号で特定された種類の機械を雄高製作所に納入しない限り、原告に対する債務は不履行で履行遅滞の状態にあることになる。

よって、抗弁が成立しない限り、原告のした本件売買契約の解除は、被告の履行遅滞を理由とするものとして有効であって、被告は、原状回復義務を負うと言うべきである。

第二抗弁について

一  抗弁1(本件機械の引渡し)について

証人柳享宏の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫によれば、被告は、平成三年九月三〇日付で日星機電から本件機械の納品書を受領していることが認められる。また、雄高製作所が「契約に適合し、かつ瑕疵のないことを確認致しましたので、本日下記物件の引渡しを受け、検収を完了致しました。」との記載のある検収完了証を原告に交付していること及び原告が平成三年九月二六日付の物品受領証に大宮支店長の押印をして被告に返送したことは、当事者間に争いがない。しかしながら、証人柳及び証人鈴木の各証言によれば、日星機電及び雄高製作所は、真実は日星機電から雄高製作所へ機械を納入した事実が全くないのに、川口販売から以前に納入されていた機械をあたかも本件売買の目的の機械であるかのように装って、右納品書や検収完了証を作成していると認められるのであって、右の各書面の存在をもって、本件機械が現実に雄高製作所に納入されたと認めることはできない。

他に本件機械が現実に雄高製作所に納入されて引渡されたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、被告はさらに、本件の事実関係のもとでは、原告は本件機械の未納の事実を信義則上主張できないと主張するが、被告の右主張は採用しない。

よって、抗弁1は、理由がない。

二  抗弁2(免責特約)について

前記のとおり、本件売買は他人物売買ではないから、それを前提とする抗弁2については、判断を要しない。

三  抗弁3(権利濫用)について

1  前記争いのない事実に、証人柳及び証人鈴木の各証言、成立に争いのない≪証拠省略≫、原本の存在及び成立に争いのない≪証拠省略≫、証人鈴木の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、同証言により原本の存在及び真正な成立が認められる≪証拠省略≫、証人柳の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫によって認められる事実を総合すれば、本件の経緯は以下のとおりである。

(一) 平成三年八月初旬ころ、被告の社員柳は、三協製作所こと梅津浩一から、雄高製作所が設備する射出成形機について、リース会社も金額も決まっているから中に入ってくれとの依頼を受けた。そして、同月一〇日ころ、柳と梅津は雄高製作所を訪ねて同社の社長依田久雄に会い、話をした。

(二) その後、柳は、原告会社内で雄高製作所との取引を担当していた鈴木に電話を架け、雄高製作所に機械を納入するについて原告のリースが可能かどうかを尋ねたところ、鈴木は、原告は同年二月にも雄高製作所と取引をしたことがあり、可能と思われる旨答えた。

(三) それから一、二週間後、雄高製作所の依田社長から原告にリース申し込みの電話があり、原告会社では鈴木と桑原智彦が担当となり、同人らは、同年九月一七日、雄高製作所に赴き、説明を受けた。

(四) 翌一八日、原告は、雄高製作所へのリースについて、サプライヤー未定のまま稟議を行い、同日のうちに社内の承認を得た。右承認を得た後、桑原は、雄高製作所にリースが承認されたことを電話で伝えたところ、雄高製作所から、サプライヤーは、被告に決まったことを聞いた。これを受けて桑原は、柳に電話を架け、本件売買の具体的な条件について話合い、柳に見積りを出すよう依頼した。

(五) 同月二一日、被告は、見積書を原告にファクスで送付した。同月二四日、原告では本件売買及び雄高製作所へのリースについて、最終的な稟議を行い、これを決裁した。

(六) 翌二五日、桑原は、雄高製作所に赴いた。雄高製作所は、同月二〇日に川崎販売から割賦購入し、同社に所有権留保されている機械を示し、本件機械であると偽って説明した。右の機械は、ビニールシートで覆われており、いまだ稼働していなかったが、桑原は、これが本件機械であると信じた。そして、雄高製作所との間に本件機械のリース契約書を取り交わし、同社から検収完了証を受け取った。桑原は、さらに、同日付で被告に注文書を発送した。

(七) 柳は、同年一〇月になって、梅津との電話連絡により、被告の本件機械の仕入れ先(雄高製作所へ直接納入する者)が、日星機電であることを初めて知った。

(八) 桑原は、念のため同年一〇月一一日にも雄高製作所へ行き、機械が稼働しているのを確認し、本件機械が間違いなく納入されたと確信した。桑原の右報告を受けて、原告は、同月三一日に本件売買代金を被告に支払った。

(九) 被告は、同年一一月一日、日星機電に対し、仕入れ代金として二〇三〇万五三一七円を支払い、梅津に対し、紹介料として一〇九万五二五〇円を支払った。

(一〇) 雄高製作所は、同年一二月初めに事実上倒産した。原告が、リース物件を回収しようとしたところ、既に雄高製作所に機械はなく、その後調査により、雄高製作所に設置してあった機械は、実は川口販売の所有であったことが判明した。

(一一) その後、雄高製作所の依田と日星機電社長の宍戸渉は、詐欺の疑いで逮捕された。

2  右に認定した本件の経緯に照らすと、原告の本訴請求が権利の濫用であるとまで認めることは困難である。その理由を以下に述べる。

(一) 被告は、まず、本件は終始原告が積極的に主導した取引であって、被告は、受動的な立場にとどまるので、責任を負わされるのは不当である旨主張する。しかしながら、本件は、被告が梅津からの話を原告に伝えたのがそもそもの端緒である。そして、被告は、原告と雄高製作所との間のリース契約のサプライヤーになること、原告との間の本件売買の売主となることに躊躇なく同意していることなど前記認定した経緯に鑑みると、原告被告は、契約当事者として対等な立場で行動していると言うべきである(なお、原告と被告の間で雄高製作所に関する取引に関して、被告は一切責任を負わない旨の合意があったと認めるに足りる証拠はない。)。

もし、原告と雄高製作所とのリース契約が順調に推移していれば、被告には、書類上のみ被告が一連の取引に関与することにより、原告から受け取った売買代金と日星機電に支払った売買代金及び梅津に支払った手数料の差額が、差益として入ることになっていたのである。このように、収益を期待して取引関係に入る以上、その取引から生ずる危険も負担しなければならないのは当然の理であると言わなければならない。

(二) また、被告は、本件詐欺被害についての主要な責任は雄高製作所の説明を鵜呑みにして、現場で見た機械が真実本件売買の目的物件であるかどうかの確認を怠った原告にあると主張する。

しかしながら、原告が雄高製作所に機械の確認に赴いた平成三年九月二五日の時点では、原告は、梅津の存在を知らず(その前の段階で鈴木に梅津のことを話したとする証人柳の証言は、採用しない。)、また、被告の仕入れ先が日星機電であることは、被告ですら同年一〇月になってから初めて知ったというのであるから、同年九月二五日の段階で、雄高製作所にあった機械が他者の所有物件であり、本件機械がいまだ納入されていないことを見抜くことを原告に期待するのは困難であったと認められる。

詐欺被害についての責任ということを言えば、被告の側にも、本件機械の売主になったのに、実際の物件納入の確認作業をしないまま、現実に雄高製作所に機械を納入する者(被告の仕入れ先)が誰であるのかも同年一〇月に梅津から聞くまで知らずにいたという落度があったことは、否定できない。

(三) 本件は、梅津、日星機電及び雄高製作所によるリース契約を利用した詐欺事件であり、原告も被告も実質的には被害者であると言うことができる。しかしながら、前記判示のとおり、原告だけに一方的な責任があるとは認められない。したがって、原告の本訴請求が権利濫用であり、許されないとまでは言えない。

本件詐欺被害について、仮に原告の側にも若干の落度があったとしても、原告の請求が契約解除に基づく原状回復請求である以上、右の落度を過失相殺のように斟酌して被告の責任額を減額することはできないが、これは法律構成上やむを得ないことである。

第三結論

以上によれば、本訴の主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾島明)

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